生野金属・小西康晴さん──“説明するより聴く”に変えたとき、共感の連鎖でチームが動き出した【第1話/全3話】
この連載について
この連載「アイデンティティ経営のあゆみ」は、SASIとともに“アイデンティティ経営”(以後ID経営)に取り組む企業の、挑戦や葛藤、変革の道のりを描いた実践の記録です。
「ID経営って何?」という方はこちらの記事をご覧ください
変わるきっかけと出会い(話すのをやめた理由)
「社長が言ったからやる」
そんな空気が、社内にはどこか残っていたそうです。
自分が発信しなければ、誰も動かない。けれど、それが本当に良い状態なのか——ある時、小西さんはふと違和感を抱いたと言います。
今までは、社長のお題待ちやったんですよ。
私に答えがあるってみんな思ってるから、私の答えを見つけようとするんです。

現場にあった“葛藤”とその背景
生野金属さんは、缶づくりにおいて高い技術力を持つ会社です。
年間1,200万缶を製造し、業務用から日用品まで幅広く手がけてこられました。
でも、そんなものづくりの現場にも、ある種の「閉塞感」があったといいます。
うちは、ものづくりには自信ある会社なんです。
でも、できたものを世の中に広めるってとこが、すごく弱くて。
このまま社内から何か生まれるのを待ってても、しんどいなぁって思ってたんです。
そんなときに出会ったのが、行政主催の「デザイン経営推進事業」でした。
SASIは、その伴走支援チームとして、小西さんと出会います。
最初に工夫したのは「言葉の選び方」
当初の生野金属さんでは、現場からの声はあまり上がってこず、康晴さんが新しいアイデアを出す構図が続いていたそうです。
でも、SASIとの伴走の中で、その関係性は少しずつ変わっていきました。
最初に工夫されたのは、「言葉の選び方」だったといいます。
社長、なんか難しいこと言い出したなって思われるのが一番まずいなと思って。
だから、“この缶って誰が欲しがるんやろ?”とか、“うちで作ってるからこその価値ってなんやろ?”みたいに、わかる言葉に変えて話すようにしたんです。
難しい専門用語ではなく、ひとりひとりが考えやすい「問い」を入口に、少しずつ対話が始まっていったそうです。

「答えを待つ人たち」から「自ら問いを持ち、動くチーム」へ
社内に変化の兆しが見えはじめたのは、まさに共感の連鎖から「気づきやアイデア」が生まれた瞬間でした。
「答えを待つ人たち」から、「自ら問いを持ち、自分で動く人たち」へ。
その転換には、小西さんのスタンスの変化がありました。
最初は、私の答えをみんな探してたんです。
でも、共感が連鎖していくうちに、自分の思いや考えが出てきた。
私は“それ、めっちゃ面白いやん!”って言う役割になろうと思ったんです。
トップが“答え”ではなく、“応援者”になる。
そんな新しいリーダーシップの形が、少しずつ社内に根づいていきました。
・・・2話へ続く
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