若手が市場開拓を牽引する地上場産業
課題 輸入品台頭による価格下落
その背景 新興国からの安価な生地に対抗できない
地域資源 先染め技法による200年以上続く織物技術と産地内の連携
着目点 先染めによる耐久性と手仕事による安心できるものづくり
解決方法 新たな播州織と呼べるブランドのルールづくりと、グループ間の競争による切磋琢磨
兵庫県北播磨地域で220年以上続く地場産業・播州織。かつては「ガチャマン景気」と称されるほど繁栄を極めたが、現在の生産額は最盛期の1割以下にまで減少している。そんな状況下、「このままでは産地が終わってしまう」という危機感から、多可町の若手機屋たちが立ち上がり、SASIとともに「僕らの播州織」ブランドを立ち上げた。伝統を継承しながら、手仕事の魅力を日常に届けるためのルールを自ら定義し、展示会出展や販路開拓に挑戦。若手同士の切磋琢磨が産地を活性化させ、今では海外ブランドとの取引や新たな製品開発など、世代を超えた連携へと広がっている。
「このままでは播州織は続かない」共通の危機感─ 課題と背景
兵庫県北播磨地域に根付く播州織は、220年以上の歴史を持つ日本有数の先染め織物産地。かつては輸出を中心に栄え、「ガチャマン景気」と呼ばれる時代もあったが、プラザ合意以降の急激な円高や海外製品との価格競争により、生産額は最盛期の1割以下にまで減少。地場産業としての基盤が揺らいでいた。
各機屋は長年、問屋(産元)からの発注で動く下請け構造の中にあり、誰の手にどんな製品として届いているのかが分からない状況が続いていた。安価な生地との競争が激化し、単価も下がるなかで、「このままでは播州織は続かない」という共通の危機感が高まっていた。
特に若手後継者たちは、ただ守るだけでなく、「自分たちの言葉で播州織の価値を伝えたい」「個ではなく、協力しながら産地の未来をつくっていきたい」と考えていた。そんな思いを起点に、地域ブランドの立ち上げが始まった。
「ふつうに使える手しごと織物」“僕らの播州織”という名前が生まれた─ アイデンティティの発見
地場産業の若手が集まり、自分たちの播州織を伝えるためのブランド構築に取り組んだのは、東京での展示会出展を目前に控えた2016年夏のこと。グループ名は「ネクスト」。だが、事業者によって織り方や製品展開、目指す方向が異なり、展示会で何をどう伝えるべきか、軸が定まっていなかった。
そこで、メンバーと商工会職員で泊まり込みのミーティングを実施。各社が製品のプレゼンを行い、播州織の“良さ”を付箋に書き出して共有するワークショップを実施した。
議論の末、「自分たちが大切にしたい播州織」の定義を整理し、以下の4項目を新たなブランドのルールとして明文化した。
1.天然素材100%(うち80%以上は綿)を使用していること
2.播州地域内で、染め・織り・仕上げまでを一貫製造していること
3.220年の歴史を持つ“先染め製法”で製造していること
4.各工程を専門職人が分業で担っていること
「ふつうに使える手しごと織物」。
この言葉をブランドコンセプトとし、「僕らの播州織」という名前が生まれた。
「ずっと使える、やさしさを」共通のルールのもとで語る新しい播州織─ ブランド構築とデザインの意図
「僕らの播州織」は、産地全体の統一ブランドではなく、7社それぞれが自社の強みを活かしつつ、共通のルールと価値観で結ばれたプロジェクトブランド。展示会では、ネームバリューや価格で勝負するのではなく、播州織の持つ実用性と作り手の顔が見える魅力を伝えることを目指した。
ブランドコンセプトは、「ずっと使える、やさしさを」。赤ちゃんの肌にも安心な天然素材でありながら、何度洗っても風合いが損なわれない丈夫さ。この「ふつうに使える手しごと織物」というアイデンティティを表現するため、地元・多可町のデザイナーと連携し、ロゴや説明リーフレットなどのブランドツールを制作した。
展示会には、暗闇で光るストールや多重ガーゼのハンカチ、御朱印帳やスタイなど各社の特色を活かした多彩なアイテムが揃った。それぞれが独自性を発揮しながらも、共通のルールのもとで語る“新しい播州織”を可視化する構成とした。
「あいつには負けたくない」産地全体が動き出した─ プロジェクトの影響
東京での展示会では、大手セレクトショップや百貨店バイヤーとの商談が決まる企業もあれば、思うような成果が出なかった企業もあった。だが、その“差”が、各社に競争心と火をつける結果となった。
「あいつには負けたくない」という意識が、グループ全体のモチベーションを押し上げ、展示会後も各社で商品開発や営業活動が活発に。販路は徐々に拡大し、一部企業は経済産業省の支援事業に採択されるなど、行政との連携も深まっていった。
展示会以降、百貨店や大手ブランドとの取引が生まれ、海外からのオーダーやクラフトサイトでの販路展開も進んだ。ブランド構築から数年で、プロジェクトに参加する企業の多くが売上を着実に伸ばしている。
そして何より、メンバー間の連携によって「自社では織れない布も、産地内で補い合える」関係性ができ始めている。バラバラだった個々の事業者が、刺激を与え合いながら地域産業の未来を形にしていく新たな動きを生み出している。
クライアントの声
多可町商工会経営支援課長
後藤泰樹
平成28年から関わって頂いた㈱SASI DESIGN(現株式会社SASI)の近藤清人先生のご指導の中で、自社が思い描いていたビジョンをより明確にし販路拡大の成果も高めていた小円織物㈲の小林一光氏は、平成29年、先生の指導により自社の中期計画を策定した中で海外展開も思い描いていた。前年に播州織仲間である㈱コンドウファクトリーの近藤良樹氏が先生の導きにより、海外販路も見据えた経済産業省の公募事業に採択されたことは大きな刺激となった。商工会としても地元行政の販路開拓支援補助金を勧め、海外での商談機会をサポート。「僕らの播州織」という播州織の1ブランドとしてのアイデンティティを先生と共に作り上げたことは、海外での商談でも活かされ、結果、今春に海外大手ブランドとの正式契約に至った。今後、リスクマネジメント等の課題はあるが、事業者・専門家・支援機関(商工会)が更に連携する中で更なる飛躍を期待している。









