豊開発・清水勇輝さん─キャリアか家業か。30年続いた会社を未来へつなぐ決意。事業承継のリアル【第1話/全3話】
この連載について
この連載「アイデンティティ経営のあゆみ」は、SASIとともに“アイデンティティ経営”(以後ID経営)に取り組む企業の、挑戦や葛藤、変革の道のりを描いた実践の記録です。
「ID経営って何?」という方はこちらの記事をご覧ください
会社紹介

豊開発株式会社
山留め工事・基礎工事などの土木施工管理を担う建設会社。
地面の“下”からまちの未来を支えるプロとして、建設現場の基礎づくりを担っています。
創業者である父から会社を引き継ぎ、2018年に入社、2022年に代表取締役に就任した清水勇輝さんが率いる企業です。
同年、次の100年を見据えた持続可能な組織づくりを模索する中でSASIと出会い、近畿経済産業局主催のデザイン経営推進プログラムに参加。
ここからID経営の実践をスタートし、社員が自ら考え動く“自走型組織”を目指した挑戦を続けています。
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「事業承継は当たり前」ではなかった──継ぐ気持ちがなかった理由

清水勇輝さんは2018年に豊開発に入社しました。
会社は父が35年前に創業した土木施工管理の会社。
けれど、幼い頃から事業を継ぐように言われたことはほとんどなかったそうです。
元々小さいときから継ぐとかこの会社のことについて教育を受けてたりとか情報があったりってことは、ほぼなかった。
大学は法学部を選び、卒業後は全く別の業界でキャリアを築きました。
営業職から企画職に異動し、新しい挑戦に夢中になっていたといいます。
「帰る」決断は簡単じゃない──キャリアと家業の間で揺れた思い
25〜26歳のころから、父から声がかかるようになりました。
「そろそろ豊開発に来てくれないか」
──その話は毎年お盆のころに繰り返されたそうです。
当時はまだ前職でのキャリアを積みたい時期でした。
前職で新しいチャレンジができてたし、自分の成長にもつながってる中で、今の立場を捨てて帰るのは考えられなかった
2〜3年は「ちょっと待ってくれ」と答え続けたといいます。
「勝手すぎないかと思った」──母の一言が背中を押した瞬間
転機は、父が70歳を迎える少し前のことでした。
母を通じて、こんな言葉が届きます。
あんたが継がんかったら会社たたむ気でいるらしいで
その瞬間、胸にある感情が湧いたといいます。
せっかく立ち上げた会社で30年ぐらい続いてて、社員さんも20名くらいいて、お客様もあって仕事もある中で、僕が継がないっていうだけで、会社をたたむみたいな選択は無茶じゃないかというか、なんか勝手すぎないかと思った

社員の生活も、お客様との関係も、歴史もすべてがつながっている。
自分が継がないだけでそのすべてを失うのは違う──そう強く思ったそうです。
「新しいチャレンジをここでできるかも」─承継を前向きに考えられた理由
このころ、前職で企画業務を経験し、会社を俯瞰して見たり数字を扱う力がついていました。
新しいチャレンジとして自分がやってみたいという思いもありました。
そうして決意した豊開発への入社。
「勝手すぎないかと思った」という感情が、清水さんの背中を押した瞬間でした。
・・・2話へ続く
次回は、入社後に見えてきた豊開発の現場のリアルと、清水さんが感じた組織づくりの課題についてお届けします。
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